黄昏ゆく街

「偶然なんだ」
俺はやや動揺していた。一年も前に足しげく通ったアパートの前で、訝しげな表情を浮かべるでもなく、心底興味無さそうな感じで、彼女は次の俺の言葉を待っていた。「彼氏?」
「ではない。でも優しくしてくれる」
「そう」
「うん。今日は部屋で鍋をするつもりなんだ。多分、その後セックスする」
「そうか」
「うん」
俺は煙草をブーツで揉み消し、視線をアパートの入り口に移した。俺は先ほど、彼女と連れ立って歩いていた男を思い出す。薄暗い照明がついた階段を登り、狭い廊下に置かれたゴミバケツを避け、端から数えて二つ目の部屋が彼女の部屋。
「なあ、お節介かなとは思うんだけど」
「ホントにお節介よ」
「未だ何も言ってないだろ」と、俺は苦笑した。彼女はニコリともせず、言った。
「もう帰ったほうがいい。それから、此処にはもう来ないほうがいい」
「知ってるよ」
「さよなら」
「さよなら」
彼女は、ただの一度も振り返ることも無かった。