フーガ

南の方から積乱雲に隠された天空の城を見てきたのだと言う、ブルドッグみたいな顔した車掌さんは、たおやかにパイプをくゆらせていた。これから死海に向かうのだという。
プカプカ浮きながら地ビールでも飲むのだと笑う。なるほど、死海なら車掌さんの大きな身体でも浮かすことができるだろう。




発車時刻二分前のベルが鳴る。




車掌さんが、おっと長話をしてしまったと慌てて乗り込むのを切符を買い損ねた僕は見送る。
汽車がドーナツ型の蒸気を幾つも作りだし天井に舞い上げる。余りにも悔しいから、プカプカと浮くドーナツを捕まえようと躍起になってる間に汽車はパシフィックブルーのカーテンが垂れ下がったレールの上を通過して、開いた小窓から秋雨の夜空へと走っていった。